学び、飛躍の学徒を支える

43年ぶりの久敬社

卒塾後43年ぶりに、懐かしの久敬社にお世話になることとなりました。 思い起こせば昭和49年4月。入塾予定者13番(補欠2番手)、最後の新入学生だったと思います。塾長さんから部屋に案内され、概略説明を受けた後に塾監舎に出向き、お座敷にいらした島田塾監の前でたどたどしい挨拶をしていると、「ボクはどこの出身なの?」とおばさん(塾監の奥様)から声を掛けていただいたシーンが蘇ります。
今、その塾監舎に久敬社塾監として着任しています。あのシーンの記憶が重なって、不可思議な心持ちでのスタートです。

ところで、塾棟内を歩いていると、様々な記憶と重なり瞬時に若かりし頃に立ち返る時と、大きく変貌した現実との違いに、「あの頃の久敬社はいずこに!?」と戸惑いを覚えることもしばしばです。
新型コロナ禍の影響が社会全体に大きな変化をもたらしていることもありますが、一番の驚きは、毎日が賑わい座であった久敬社塾に、学生の歓声、奇声、窓越しに呼びかけられる声、風呂場に響く声、ギターとともに広がる歌声等々は殆ど聴こえてこないのです。休日の昼間に、聞こえてくるのは自分の足音だけです。変わってしまったという寂しさと同時に、久敬社の現実を突きつけられた数ヶ月でした。

精鋭揃いの学生たちに拍手喝采

一方で、学生たちと話す機会も数多くあります。今年は、オンライン講義のために、午後や夕刻に時間ができるものもいれば、講義プログラムの関係で90分間の長い休み時間のあるものもいます。オンライン講義は、大学が始まって暫くしてからの決定だったために、PCやネット環境の整備が間に合わない学生は、塾監舎においてオンライン講義を受講していました。ついでに、私たち夫婦の食事に同席し、一緒に食べながら長時間おしゃべりをすることも多々あります。

今回のコロナ禍の影響の中でも最大の驚きと喜びは、就職希望先とのオンラインによる最終採用面接を、学生の隣で直接体感できたことです。最終面接だから緊張でどのような応答をするのかと、息を潜め、胸の鼓動を抑えながら聞き入る場面もありました。しかし、心配は無用でした。まったくの杞憂でした。一つひとつ的確に、しかも自分の言葉で具体的に応答する姿は真に立派で、いつも以上に大きく輝いて見えました。すでに社会に羽ばたこうと、大きな飛躍の一歩を踏み出そうとしている若者の勇姿でした。

手前味噌かもしれませんが、学生たちに「現代の若者は…」などと揶揄され、非難されるようなところは微塵もありません。一人ひとりがしっかりとした考えをもち、互いを尊重しながら立ち居振る舞いのできる見事な若者です。むしろ何故にそこまで優しく人に接しようとするのかと思うほど、心配りに長けた懐の深い彼らです。以前のような定員いっぱいの久敬社ではないですが、それぞれが光り輝く精鋭揃いだと、思わず拍手喝采してしまいます。

久敬社塾創立時より大切にされてきた『 学び、飛躍の学徒を支える』を心に刻み、今自分に塾監として、先輩として何ができるかを熟慮し、塾母と一緒に精一杯頑張っていきたいと思います。
激動の昨近ではありますが、皆様のお力添えを賜りますよう切にお願い申し上げ、ご挨拶と致します。学生諸君もよろしくお願いいたします。

公益財団法人久敬社 塾監 山﨑 信也

公益財団法人久敬社 塾監
山﨑 信也